在宅訪問は「1件いくらの収入になるか」は意識されますが、「1件にいくらコストがかかっているか」は意外と見えていません。人件費・車両費・移動時間・記録の手間まで含めると、訪問1件の原価は想像より重くなります。本記事では、在宅訪問1件あたりのコストを人件費・車両費・時間の3軸で分解し、どこに利益を残す余地があるかを整理します。数値はあくまで目安のレンジで、実際の単価や報酬は最新の告示・通知でご確認ください。
なぜ「1件あたりのコスト」を見る必要があるのか
在宅は処方箋1枚の外来と違い、薬剤師が薬局を離れて移動し、患者宅で説明・観察・記録を行います。つまり移動と時間という外来にはない原価が乗ります。件数が増えても移動効率が悪ければ利益は残りません。1件あたりのコストを把握して初めて、「あと何件増やせば黒字か」「どのエリアが割に合わないか」が判断できます。
感覚で「在宅は儲かる/儲からない」と語るのではなく、コストを分解して数字で捉えることが、撤退や拡大の判断を誤らないための出発点です。在宅の収益構造そのものは在宅薬局は儲かるのかで全体像を解説しています。本記事はその「コスト側」を深掘りする位置づけです。
コストを分解する3つの軸
在宅訪問1件のコストは、大きく次の3軸に分けると管理しやすくなります。どれも「なんとなくかかっている」で終わらせず、月次で1つずつ数値化するのがポイントです。
| コスト軸 | 主な中身 | 見落としやすい点 |
|---|---|---|
| 人件費 | 薬剤師の給与・社会保険料、事務や補助者の工数 | 訪問時間だけでなく準備・記録・移動の時間も人件費 |
| 車両費 | ガソリン・駐車場・保険・車両の減価償却/リース料 | 駐車場代とコインパーキング、車検・整備の年間按分 |
| 時間 | 移動時間・待ち時間・記録時間 | 「収入を生まない時間」が1件あたりに占める割合 |
この3軸のうち、外来にはほぼ存在せず在宅で一気に重くなるのが「移動時間」と「車両費」です。ここを設計できるかどうかで、同じ訪問件数でも手元に残る利益が変わります。逆に言えば、外来と同じ感覚でコストを見積もると、在宅の採算を読み違えます。
人件費|「訪問1時間」に隠れた前後の工数
人件費は時給換算で捉えると分解しやすくなります。薬剤師の人件費は、給与に加えて社会保険料などの事業主負担を含めた「総額」で考えるのが実務的です。額面の給与だけで計算すると、実際の原価を2〜3割ほど過小評価してしまうことがあります。
そして1件の訪問には、患者宅での説明・観察の時間だけでなく、次のような前後工程が必ず付随します。
- 準備:薬のセット・一包化の確認、訪問バッグの点検、前回記録の見直し
- 移動:薬局と患者宅、患者宅どうしの往復時間
- 記録:薬歴(SOAP)の記載、報告書・情報提供文書の作成
- 連携:医師・ケアマネへの連絡、疑義照会や処方提案
患者宅での滞在が短くても、前後の工程を足すと1件に相当の時間がかかります。「訪問30分=30分の人件費」ではなく、準備・移動・記録を含めた総時間で1件の人件費を出すのが正しい捉え方です。記録の時短は利益に直結するため、在宅薬歴のSOAP記録テンプレートのような仕組み化が効きます。テンプレートや音声入力で記録時間を1件あたり数分縮めるだけでも、1年・全担当で積み上げると大きな差になります。
車両費|1kmあたりで積み上げる
車両費は「1kmあたりいくらか」に置き換えると管理しやすくなります。ガソリン代だけを見て安く感じても、保険・駐車場・車両の減価償却やリース料、車検・整備までならすと、1kmあたりの実質コストは体感より高くなります。
| 車両費の内訳 | 性質 | 管理のヒント |
|---|---|---|
| 燃料費 | 走行距離に比例 | 走行距離×燃費で月次把握。ルート最適化で削減 |
| 駐車場・パーキング | 訪問エリアに依存 | 都市部は1件ごとのコインパーキング代が積み上がる |
| 保険・税 | 固定費 | 年額を訪問件数で割って1件按分 |
| 減価償却/リース料 | 固定費 | 車両1台の年間コストを稼働で按分 |
| 整備・車検 | 準固定費 | 年額を月割りして原価に含める |
都市部と郊外では車両費の構造が変わります。都市部は走行距離こそ短くてもパーキング代がかさみ、郊外は駐車場は無料でも走行距離が伸びて燃料費と移動時間が増えます。「自局のエリアはどの費目が重いのか」を把握すると、削減の打ち手が絞れます。車両費と移動の設計は在宅薬剤師に運転免許・車は必須?でも取り上げています。
時間コスト|「収入を生まない時間」を減らす
3軸のなかで最も改善余地が大きいのが時間です。移動・待ち・記録は、それ自体は報酬を生みません。ここを圧縮できれば、同じ人員で訪問件数を増やせます。改善の順番は次の通りです。
- ルート設計:近い患者をまとめて回り、往復のムダを減らす
- 記録の時短:テンプレート・音声入力・リアルタイム入力で薬歴を軽くする
- 訪問枠のブロック化:曜日・エリアで訪問日を固めて移動を最小化
1日の生産性の上げ方は在宅訪問の時間管理術で具体的に解説しています。時間コストを下げることは、人件費・車両費の両方を同時に薄める効果があります。「1件あたりの収入」を上げるより即効性が高く、リスクも小さい打ち手です。
1件あたりコストから利益を残すには
コストを3軸で出したら、次は「1件あたり収入」と突き合わせます。収入側は訪問1件の報酬に加算などが乗りますが、点数は改定で変わるため最新の算定要件と点数は原典でご確認ください。利益を残す打ち手は、収入を増やすより移動と時間のムダを減らすほうが即効性があることが多いです。
もう一つ見逃せないのが「取りこぼしの防止」です。訪問して業務を行ったのに算定要件の確認漏れで収入にできなければ、コストだけがかかって利益が消えます。算定漏れの原因と対策は在宅の算定漏れが起きる5大原因に、経費全体の見直しは薬局の収益改善10戦略にまとめています。
まず取り組む3つのアクション
コストの全体像を押さえたら、実際の一歩は次の3つから始めるのが現実的です。
- 1か月だけコストを記録する:走行距離・移動時間・記録時間・パーキング代を担当ごとにメモする
- エリア別に1件あたりコストを出す:割に合わないエリアと余力のあるエリアを見分ける
- 移動・記録の時短から着手する:収入減を伴わず、すぐ利益に効く領域から手をつける
コスト管理は一度きりではなく、月次で見続けることで効果が積み上がります。数字で語れるようになると、在宅の拡大判断もエリア選定も、迷いなく進められるようになります。
エリア・患者タイプでコストは変わる
同じ「訪問1件」でも、患者の状態や住まいのタイプによってコストは大きく変わります。1件あたりを一律に見るのではなく、次のような区分でコストの重さを把握しておくと、訪問計画の精度が上がります。
| 区分 | コストが軽い | コストが重い |
|---|---|---|
| 住まい | 施設・集合住宅(1回で複数件) | 戸建てが点在する郊外 |
| 患者の状態 | 状態が安定し訪問が短い | 状態が不安定で説明・観察に時間がかかる |
| 連携の手間 | 情報共有が定着している | 初回・多職種調整が多い |
施設在宅は1回の訪問で複数件を回れるため、移動コストが薄まりやすい特徴があります。一方、戸建てが点在する個人在宅は移動が重くなります。この違いを踏まえ、施設と個人のバランスを設計することも利益管理の一部です。施設と個人の違いは施設在宅と個人在宅の違いで詳しく比較しています。
コスト管理を「習慣」にする
コストは一度計算して終わりではなく、月次で見続けることで効果が積み上がります。最初はざっくりで構いません。走行距離と移動時間だけでも記録を始めれば、「先月より効率が上がったか」を実感でき、改善が続きます。数字で語れるようになると、拡大の判断もエリア選定も、迷いなく進められるようになります。
よくある質問(FAQ)
在宅訪問1件あたりのコストはどう計算しますか?
人件費(準備・移動・記録を含む総時間)、車両費(1kmあたりに換算した燃料・保険・駐車場・減価償却)、時間コスト(収入を生まない移動・待ち・記録)の3軸を足して1件あたりに按分します。まずはこの3軸を月次で1つずつ数値化するのが出発点です。
コストで一番重いのはどれですか?
薬局によりますが、外来にはない「移動時間」と「車両費」が在宅で一気に重くなります。ここはルート設計と訪問枠のブロック化で圧縮できるため、改善の優先度が高い領域です。
車両費はどこまで原価に含めるべきですか?
燃料費だけでなく、保険・税・駐車場・車検整備・車両の減価償却またはリース料まで年額でならし、走行距離や訪問件数で按分して含めるのが実務的です。
コストを下げれば報酬が下がっても大丈夫ですか?
まず着手すべきは収入減ではなく、移動・記録などの「収入を生まない時間」の削減です。時間を減らせば人件費・車両費を同時に薄められ、同じ人員で件数を増やせます。
最終更新日:2026年7月9日
本記事は厚生労働省の告示・通知や公的資料を確認のうえ作成しています。最新の算定要件・点数は各年度の改定内容と原典で必ずご確認ください。

