在宅中心静脈栄養法(HPN:Home Parenteral Nutrition)は、口や腸から十分な栄養をとれない患者さんが、自宅で中心静脈カテーテルから高カロリー輸液を投与する治療法です。入院を続けなくても栄養状態を保てるため、がんの消化管閉塞や短腸症候群などの患者さんの在宅療養を支えています。
本記事は、HPNの仕組みと対象患者、看護師・家族が担う日々の管理、薬局薬剤師が担う無菌調剤と訪問時の確認事項、そして2026年6月改定後の算定までを1本にまとめました。在宅の輸液管理に初めて関わる看護師・介護職・薬局スタッフの共通の手引きとしてお使いください。
- HPN=中心静脈栄養(TPN)を自宅で行うもの。対象は消化管閉塞・短腸症候群・重度の吸収不良など「腸が使えない」患者
- 輸液は糖・アミノ酸・脂肪・電解質・ビタミン・微量元素の複合組成。無菌環境での混合調製が必要
- 在宅での最大のリスクはカテーテル関連血流感染と低血糖(急な中断)。発熱したらまず感染を疑う
- 薬局の算定:在宅中心静脈栄養法加算150点(要届出)、無菌製剤処理加算69点/日、訪問薬剤管理指導料は週2回かつ月8回の特例対象
在宅中心静脈栄養法(HPN)とは
中心静脈栄養(TPN:Total Parenteral Nutrition)は、鎖骨下静脈や内頸静脈などの太い静脈にカテーテルを留置し、高濃度の栄養輸液を投与する栄養療法です。末梢静脈では血管炎を起こす高浸透圧の輸液も、血流量の多い中心静脈なら投与できます。このTPNを病院ではなく自宅で続けるのがHPNです。
対象となる患者
- がんによる消化管閉塞(経口摂取も経腸栄養も不可)
- 短腸症候群(広範な小腸切除後で吸収面積が足りない)
- クローン病などの炎症性腸疾患の重症例・活動期
- 重度の嚥下障害・吸収不良で経腸栄養が確立できない場合
共通するのは「腸を使えない、または使っても足りない」ことです。腸が使える患者さんには、感染リスクが低く生理的な経腸栄養(胃ろう・経鼻)が優先されます。
カテーテルの種類
| 種類 | 特徴 | 在宅での扱い |
|---|---|---|
| 皮下埋め込み型ポート(CVポート) | 皮下に埋め込んだポートに専用針(ヒューバー針)を刺して使う | 入浴しやすく感染リスクが比較的低い。針の交換は週1回程度 |
| PICC(末梢挿入型中心静脈カテーテル) | 上腕の静脈から挿入し先端を中心静脈に置く | 挿入が容易。刺入部のドレッシング交換が必要 |
| 体外式中心静脈カテーテル(ヒックマン等) | 皮下トンネルを通して体外に出るカテーテル | 長期使用向き。刺入部と接続部の清潔管理が重要 |
輸液の組成
HPNの輸液は、糖質(ブドウ糖)・アミノ酸・脂肪乳剤・電解質・ビタミン・微量元素を含む複合組成です。市販のキット製剤(ダブルバッグ・トリプルバッグ)を基本に、患者ごとの病態に合わせてビタミン・微量元素・電解質を追加します。この追加混合を無菌環境で行うのが薬局薬剤師の役割です。
看護師・家族が行う在宅での管理ポイント
入院中は看護師が行っていた輸液管理を、在宅では訪問看護師の支援のもとで患者さん本人や家族が担います。押さえるべき点は「保管」「投与」「刺入部」「異常時」の4つです。
① 輸液バッグの保管と準備
- 調製済みの輸液は冷蔵保存が基本。投与の1〜2時間前に常温に戻す(冷たいまま投与すると血管痛・悪寒の原因)
- ラベルの患者名・内容・調製日・使用期限を投与前に確認する
- バッグの沈殿・変色・濁りがあれば使わず薬局に連絡する
② 投与とポンプの操作
- 輸液ポンプで指示された速度を守る。速すぎると高血糖、遅すぎると必要量に届かない
- 夜間だけ投与する間欠投与(サイクリック投与)では、開始・終了時に速度を段階的に変える指示が出ることがある
- 急な中断は低血糖の原因。ポンプのアラーム・閉塞・抜針で止まったら、自己判断で再開せず連絡する
③ カテーテル刺入部・接続部の清潔
- 刺入部の消毒とドレッシング交換は指示された頻度で(PICC・体外式は定期的に、ポートは針交換時に)
- 接続部の操作前後は手洗い。接続部を床や衣類に触れさせない
- 発赤・腫れ・浸出液・痛みがあれば感染のサイン
④ 異常時の見分け方と連絡
| 症状 | 疑うこと | 対応 |
|---|---|---|
| 発熱・悪寒(特に投与中〜直後) | カテーテル関連血流感染 | 投与を続けず速やかに医師・訪問看護へ連絡。血液培養の対象になることが多い |
| 冷や汗・ふるえ・意識がぼんやり | 低血糖(中断後など) | 医師の指示に従い糖の補給。中断の原因を確認 |
| 口渇・多尿・だるさ | 高血糖 | 血糖記録を確認し医師へ報告。投与速度の見直し |
| むくみ・急な体重増加・息苦しさ | 水分過多・心不全 | 投与量の見直しを医師に相談 |
| 滴下しない・ポンプ閉塞アラーム | カテーテル閉塞 | 無理に押し込まない。医師・訪問看護へ連絡 |
家族に渡す連絡先カードには「発熱したらまず連絡」「ポンプが止まったら連絡」の2行を最上段に置くと、判断に迷う場面が減ります。
薬局薬剤師の役割①:無菌調剤の実務
クリーンベンチとアイソレーター
無菌調剤には、HEPAフィルターを通した清浄空気で作業空間を保つクリーンベンチ、または密閉構造のアイソレーター(安全キャビネット)が必要です。薬局で導入する場合の設備投資は100〜300万円程度が目安で、HPN患者を複数受け入れる薬局では投資回収の見込みが立ちます。導入が難しい場合は、近隣の無菌調剤ができる薬局と連携する(無菌調剤室の共同利用)という選択肢もあります。設備の詳細は 無菌調剤室の導入ガイド をご覧ください。
調製の基本手順
- 手洗いと無菌ガウン・手袋の着用
- クリーンベンチ内をアルコール清拭し、資材を搬入
- 処方どおりの順序で混合。カルシウム製剤とリン酸塩の混合順序を誤ると沈殿が生じ、フィルターやカテーテルの閉塞につながる
- 脂肪乳剤は配合変化に注意し、指示された方法で加える
- 調製後の輸液に患者名・内容物・調製日時・使用期限のラベルを貼付
- 遮光バッグに入れ、保冷して患家へ搬送
手順は文書化して標準化し、調製者と監査者を分けることが基本です。
薬局薬剤師の役割②:訪問時のチェック項目
訪問時に薬剤師が確認する項目を、通知が在宅中心静脈栄養法加算の要件として挙げる「投与及び保管の状況、配合変化の有無」に沿って整理します。
| 確認項目 | 見るポイント |
|---|---|
| 保管状況 | 冷蔵庫の温度、使用期限、未使用バッグの数(残液・残数) |
| 投与状況 | ポンプの設定速度と実際の投与量、投与時間帯、中断の有無 |
| 配合変化 | バッグの沈殿・変色・濁り、追加混合した薬剤との相互作用 |
| カテーテル刺入部 | 発赤・腫脹・浸出液の有無、ドレッシングの状態 |
| 患者の状態 | 体重の推移、血糖の記録、浮腫、発熱の有無 |
| 廃棄 | 使用済みバッグ・針の廃棄方法(在宅医療廃棄物の取り扱い) |
確認した内容と提案は処方医に報告します。訪問看護師と役割が重なる部分は、誰が何を見るかを事前に決めておくと二重確認と抜けの両方を防げます。
薬局が算定できる報酬【2026年6月改定後】
| 項目 | 点数 | 要件・備考 |
|---|---|---|
| 在宅患者訪問薬剤管理指導料1(単一建物1人) | 650点 | 中心静脈栄養法の対象患者は週2回かつ月8回まで算定可(通常は月4回・週1回) |
| 在宅中心静脈栄養法加算(区分15 注6) | 150点/1回 | 要届出(様式89)。投与・保管の状況と配合変化の有無を確認し指導した場合。緊急訪問・緊急時等共同指導料にも同額の加算あり |
| 無菌製剤処理加算(薬剤調製料 注2) | 69点/1日 | 中心静脈栄養法用輸液の無菌製剤処理。15歳未満の小児は237点/1日 |
| 在宅移行初期管理料 | 230点 | 在宅移行時に要件を満たせば初回算定月に1回(詳細) |
出典:調剤報酬点数表(令和8年告示)区分15・薬剤調製料
在宅中心静脈栄養法加算の施設基準と届出
施設基準通知(第103)は「医薬品医療機器等法第39条第1項の規定による高度管理医療機器の販売業の許可を受けている又は同法第39条の3第1項の規定による管理医療機器の販売業の届出を行っていること」を要件とし、届出は別添2の様式89で行います。輸液セット・ポンプ関連の医療機器を扱う体制が前提になっているためです。
HPN患者1人あたりでは、訪問薬剤管理指導料(最大月8回)に加算150点と無菌製剤処理加算が重なるため、月間の技術料は在宅患者の中でも高い水準になります。クリーンベンチの導入費用は、数名の患者を継続して受け入れることで回収できる計算です。回数特例の数え方は 在宅患者訪問薬剤管理指導料は月何回まで?、他の加算との組み合わせは 在宅患者訪問薬剤管理指導料の完全ガイド をご覧ください。
まとめ:HPNは「感染管理×無菌調剤×多職種連携」
HPNの在宅管理は、家族と看護師による日々の清潔管理、薬局による無菌調剤と配合変化の管理、医師による栄養と血糖の評価が噛み合って初めて成り立ちます。薬局にとってはハードルの高い領域ですが、対応できる薬局はまだ少なく、地域で唯一の存在になれる可能性があります。
まずは近隣の在宅医・訪問看護ステーションに「無菌調剤と在宅中心静脈栄養法加算の届出がある」ことを伝えるところから始めてみてください。
よくある質問(FAQ)
在宅中心静脈栄養法(HPN)とはどんな治療法ですか?
鎖骨下静脈や内頸静脈などの中心静脈に留置したカテーテルから高カロリー輸液を投与する中心静脈栄養(TPN)を、病院ではなく自宅で行う栄養療法です。消化管閉塞、短腸症候群、重度の吸収不良など、腸から栄養を吸収できない患者が対象です。
HPNで看護師や家族が特に注意すべきことは何ですか?
カテーテル関連血流感染と低血糖です。発熱・悪寒があればまず感染を疑って投与を続けずに連絡すること、ポンプの停止や抜針で投与が急に止まったら低血糖に注意して自己判断で再開しないことが基本です。
HPNの輸液バッグは自宅でどう保管しますか?
冷蔵保存が基本で、投与の1〜2時間前に常温に戻します。ラベルの患者名・内容・調製日・使用期限を確認し、沈殿や変色があれば使用せず薬局に連絡します。
薬局がHPNで算定できる報酬は何ですか?
在宅患者訪問薬剤管理指導料(中心静脈栄養法の対象患者は週2回かつ月8回まで)、在宅中心静脈栄養法加算150点(要届出)、無菌製剤処理加算69点/日(15歳未満は237点)などです。
在宅中心静脈栄養法加算の届出に必要なものは?
高度管理医療機器の販売業の許可、または管理医療機器の販売業の届出を行っていることが施設基準で、様式89で地方厚生局長等に届け出ます。
HPNの無菌調剤で特に注意すべき点は?
カルシウム製剤とリン酸塩の混合順序を誤ると沈殿が生じ、フィルターやカテーテルの閉塞につながります。手洗い・ガウン着用・クリーンベンチの清拭など手順を標準化し、調製者と監査者を分けることが重要です。
出典・参考(一次情報)
本記事の点数・算定要件は、公開時点の厚生労働省の告示・通知・疑義解釈資料にもとづいています。実際の算定にあたっては、必ず最新の一次資料と審査支払機関の取り扱いをご確認ください。
- 調剤報酬点数表(令和8年厚生労働省告示 別表第三) — 区分15〜15の10・区分10の3
- 調剤報酬点数表に関する事項(令和8年3月5日 保医発0305第4号 別添3) — 区分15の1〜15の10の留意事項
- 特掲診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて(令和8年3月5日 保医発0305第8号) — 第103 在宅中心静脈栄養法加算・様式89
- 日本臨床栄養代謝学会(JSPEN) — 静脈経腸栄養ガイドライン
- 厚生労働省 令和8年度診療報酬改定について — 告示・通知・疑義解釈の一覧

