在宅医療のニーズが高まるなかで、注射剤の混注やTPNバッグの調製を行うための無菌調剤室を持つ薬局が増えています。2024年の調剤報酬改定でも無菌製剤処理加算の要件が見直され、在宅対応薬局にとって無菌調剤の体制整備は競争力の源泉になりつつあります。
しかし「導入費用はいくらかかるのか」「スペースはどれくらい必要か」「1日何件で元が取れるのか」といった具体的な情報は意外と少ないのが現状です。この記事では、無菌調剤室の導入を検討する薬局経営者・管理薬剤師に向けて、実務に必要な情報を網羅的に解説します。
無菌調剤が必要なケース

在宅で無菌調剤が求められる場面は主に3つです。
| ケース | 具体例 | 頻度 |
|---|---|---|
| 高カロリー輸液(TPN) | 在宅中心静脈栄養患者への輸液バッグ調製 | 高 |
| 抗がん剤 | 在宅化学療法のための注射剤混注 | 中 |
| その他注射剤 | 抗菌薬のシリンジ充填、点滴の混注 | 低〜中 |
特にTPN調製は需要が安定しており、1人の患者さんで週3〜7バッグの調製が発生します。5人のTPN患者がいれば、月間60〜150バッグの業務量になります。
設備構成と費用
無菌調剤室の設備は大きく3つの要素で構成されます。
1. クリーンベンチまたは安全キャビネット
| 種類 | 用途 | 価格帯 |
|---|---|---|
| クリーンベンチ(垂直層流型) | TPN・一般注射剤の混注 | 150〜300万円 |
| 安全キャビネット(クラスII) | 抗がん剤の調製(必須) | 250〜500万円 |
TPN調製のみであればクリーンベンチで対応可能です。抗がん剤を扱う場合は安全キャビネット(クラスIIB2以上推奨)が必須になります。
2. 前室・更衣室
クリーンルームに入る前の手洗い・着替えスペースです。エアシャワーは必須ではありませんが、パーティクルカウンターで清浄度を管理できる環境は求められます。最低2畳程度のスペースが必要です。
3. 調製室の内装工事
壁・天井・床の仕上げ、差圧管理、HEPAフィルター付き空調の設置が必要です。既存薬局の一角を改装する場合、内装工事費は300〜500万円が目安です。
総費用の目安
| 構成 | 費用感 |
|---|---|
| クリーンベンチのみ(シンプル構成) | 500〜800万円 |
| クリーンベンチ+前室+内装工事 | 800〜1,200万円 |
| 安全キャビネット+フル改装 | 1,200〜2,000万円 |
各都道府県の薬局機能強化補助金や、設備投資減税を活用すれば実質負担を30〜50%軽減できるケースもあります。
運用体制

必要なスタッフ体制
無菌調剤を行うには、研修を修了した薬剤師が最低2名必要です(1名が調製、1名が監査)。日本病院薬剤師会の無菌調製認定薬剤師の資格は必須ではありませんが、取得していると医療機関からの信頼が高まります。
日常の品質管理
| 管理項目 | 頻度 | 内容 |
|---|---|---|
| パーティクルカウント | 月1回 | クラス7以下を確認 |
| 落下菌検査 | 月1回 | 培地を設置して24時間培養 |
| 手指培養検査 | 四半期1回 | スタッフの手洗い手技確認 |
| HEPAフィルター交換 | 年1回 | メーカー推奨に従う |
| 温湿度記録 | 毎日 | 室温20〜25℃、湿度40〜60% |
調製手順の標準化
調製手順書(SOP)を作成し、すべてのスタッフが同一の手順で調製できる体制を整えます。手順書には、手洗い・ガウニングの手順、調製のステップ、最終監査のチェック項目を明記します。
収支シミュレーション
無菌調剤の収益性を簡易シミュレーションします。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| TPN患者数 | 5人 |
| 1人あたり月間バッグ数 | 20バッグ |
| 月間調製数 | 100バッグ |
| 無菌製剤処理加算(中心静脈) | 69点/回 |
| 月間技術料収入 | 100 × 690円 = 69,000円 |
| 薬剤料・材料費 | 別途(処方内容による) |
| 年間技術料 | 約83万円 |
加算だけで見ると投資回収には時間がかかりますが、無菌調剤に対応することで「在宅に強い薬局」として処方元からの信頼を獲得し、処方集中率が上がります。実際にはTPN以外の注射剤混注も含めると、5〜8年で投資を回収できる計算です。
共同利用という選択肢
自前で無菌調剤室を持つのが難しい場合、近隣薬局との「共同利用」も認められています。2012年(平成24年)8月の薬事法施行規則改正で他薬局の無菌調剤室の共同利用が可能になり、平成24年度調剤報酬改定で無菌製剤処理加算の施設基準が緩和されたことで、無菌調剤室を持つ近隣薬局と共同利用契約を結んで加算を算定できるようになりました。なお、共同利用の対象となるのは無菌調剤室のみで、クリーンベンチや安全キャビネットの共同利用は認められていません。
共同利用の場合、設備投資は不要ですが、使用料の支払いや搬送ルールの取り決めが必要です。
筆者の所感
無菌調剤室の導入は大きな投資ですが、「このエリアでTPNを調製できるのはうちだけ」という状態が作れると、訪問診療クリニックからの処方が自然と集まるようになります。
特に在宅ターミナルケアに力を入れたい薬局にとっては、麻薬対応と並ぶ重要なインフラです。導入前に地域の需要調査(訪問診療医へのヒアリング、近隣病院の退院患者動向の確認)を行い、需要が見込めるエリアであれば積極的に検討する価値があります。
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参考リンク
出典・参考(一次情報)
本記事の点数・単位数・算定要件は、公開時点の厚生労働省の告示・通知・疑義解釈資料等にもとづいています。実際の算定にあたっては、必ず最新の一次資料をご確認ください。
- 厚生労働省(診療報酬・介護報酬の告示・通知・疑義解釈資料)
- WAM NET(独立行政法人福祉医療機構)(介護報酬・介護保険制度の解説)
- e-Gov法令検索(健康保険法・介護保険法などの条文)
最終更新日:2026年7月14日
本記事は厚生労働省の告示・通知や公的資料を確認のうえ作成しています。最新の算定要件・点数は各年度の改定内容と原典で必ずご確認ください。
よくある質問
Q. 無菌調剤室の導入費用はどれくらいかかりますか?
A. 記事の目安では、クリーンベンチのみのシンプル構成で500〜800万円、クリーンベンチに前室と内装工事を加えた構成で800〜1,200万円、安全キャビネットを備えたフル改装では1,200〜2,000万円とされています。各都道府県の薬局機能強化補助金や設備投資減税を活用すれば、実質負担を30〜50%軽減できるケースもあるとされています。
Q. 抗がん剤の調製にはどんな設備が必要ですか?
A. 抗がん剤を扱う場合は安全キャビネット(クラスII)が必須で、記事ではクラスIIB2以上が推奨されています。価格帯の目安は250〜500万円です。一方、TPN(高カロリー輸液)の調製のみであれば、クリーンベンチ(垂直層流型)で対応可能とされています。
Q. 無菌調剤を行うには薬剤師が何人必要ですか?
A. 研修を修了した薬剤師が最低2名必要とされています(1名が調製、1名が監査)。日本病院薬剤師会の無菌調製認定薬剤師の資格は必須ではありませんが、取得していると医療機関からの信頼が高まるとされています。あわせて調製手順書(SOP)を作成し、全スタッフが同一の手順で調製できる体制を整えることが求められます。
Q. 自前で無菌調剤室を持てない薬局はどうすればよいですか?
A. 近隣薬局との共同利用という選択肢が認められています。2012年(平成24年)8月の薬事法施行規則改正で他薬局の無菌調剤室の共同利用が可能になり、無菌調剤室を持つ近隣薬局と共同利用契約を結ぶことで加算を算定できます(共同利用の対象は無菌調剤室のみで、クリーンベンチ・安全キャビネットは対象外)。共同利用では設備投資は不要ですが、使用料の支払いや搬送ルールの取り決めが必要です。

