「検査値が分からないまま処方提案をしている」「傷病名を患者と家族の記憶に頼って推測している」——在宅薬剤師なら誰もが感じてきた情報の壁を壊す可能性があるのが、電子カルテ情報共有サービスです。全国の医療機関・薬局がカルテ情報の一部を共有する国の仕組みで、モデル事業を経て2026年度冬頃の本格運用が目標とされています。
薬局は「閲覧する側」として、この仕組みの恩恵を最も受ける立場のひとつです。何が共有され、在宅業務がどう変わり得るのか、今の時点で分かっていることを整理します。
何が共有されるのか——「3文書6情報」
| 区分 | 中身 | 在宅薬剤師にとっての意味 |
|---|---|---|
| 3文書 | 診療情報提供書・退院時サマリー・健康診断結果報告書 | 退院時サマリーが見られれば、入院中の処方変更の経緯を「紙が届く前に」把握できる |
| 6情報 | 傷病名・アレルギー等・感染症・薬剤禁忌・検査値(救急/生活習慣病)・処方情報 | 検査値と傷病名は処方提案の質を一段上げる。腎機能を踏まえた用量確認などが根拠を持ってできる |
標準規格(HL7 FHIR)に準拠して共有される点も重要です。ベンダーが違っても同じ形式で情報が流れる、という前提が初めて整います。
在宅業務はどう変わり得るか
- 初回訪問前の情報収集が変わる:現状はケアマネ・家族・お薬手帳からの断片情報が頼り。傷病名・検査値・アレルギーを事前に確認できれば、初回訪問の安全性と提案の質が上がる
- 退院時の連携が速くなる:退院時サマリーの共有は、病院と薬局のデータ連携で最も待たれていたピース
- 処方提案の根拠が強くなる:検査値にもとづく減薬・用量調整の提案は、トレーシングレポートの説得力を大きく変える
- 多職種で同じ情報を見る前提ができる:訪問看護・ケアマネとの情報格差が縮まり、カンファレンスの議論が速くなる
現時点の注意点——過度な期待は禁物
- スケジュールは動いてきた:当初計画から延期を重ね、仕様も2026年3月に見直し版(概要案内2.0版)が出た。「2026年度冬頃」も目標であり確定ではない
- 共有されるのは対応済み医療機関の情報だけ:地域の病院・診療所の電子カルテが対応しなければ、見られる情報は限定的。普及には時間がかかる
- 薬局側の対応もベンダー次第:薬歴システム・レセコンの対応方針とスケジュールを確認しておく
在宅薬局が今からできる準備
- 1. 医療DXの土台を先に固める:オンライン資格確認(居宅同意取得型)・電子処方箋への対応が前提階層になる
- 2. ベンダーへの確認:自局の薬歴・レセコンが本サービスにいつ・どう対応するのか、書面で確認しておく
- 3. 「検査値を使える薬剤師」になる準備:情報が来ても使えなければ意味がない。腎機能・肝機能と用量調整の基本を局内で学び直しておくと、本格運用と同時に武器になる
薬剤師の役割はどう変わるか
検査値・傷病名・退院時サマリーが手元で見られるようになると、薬剤師の仕事は「処方箋を正確に調剤する」だけでなく、「共有された情報を統合し、患者の全体像から提案する」方向へ広がります。これは対物業務から対人業務へという国の方針とも一致する変化です。
- 情報の受け手から統合者へ:断片情報をつなぎ合わせるのではなく、共有された一次情報から自分で判断する
- 提案の根拠が強くなる:「なんとなく心配」ではなく検査値という客観的根拠で医師に相談できる
- 多職種の中でのハブ機能:薬の視点で情報を読み解き、ケアマネ・訪問看護に還元する役割が増す
本格運用はまだ先ですが、「情報が来たときに使いこなせる薬剤師かどうか」で差がつく時代が近づいています。制度を待つのではなく、読み解く力を今から磨いておくことが、最も確実な準備です。
本格運用を待つ間に差がつく準備
「制度が始まってから対応すればいい」と考える薬局と、今から土台を固める薬局とでは、本格運用時のスタートダッシュに大きな差が出ます。待っている間にできる準備は少なくありません。
| 準備項目 | 今できること | なぜ今なのか |
|---|---|---|
| 土台システムの整備 | オンライン資格確認(在宅)・電子処方箋への対応を進める | カルテ共有はこの土台の上に乗る。土台が未整備だと本格運用が来ても使えない |
| ベンダー確認 | 薬歴・レセコンの対応時期と費用を書面で把握 | 対応が遅いベンダーなら、更新・乗り換えの検討に時間が要る |
| 検査値リテラシー | 腎・肝機能と用量調整の基礎を局内勉強会で復習 | 情報が来ても読めなければ宝の持ち腐れ。人の準備は最も時間がかかる |
医療DXは「導入したら終わり」ではなく「使いこなして初めて価値が出る」領域です。薬局DX入門で全体像を押さえたうえで、自局の現在地を確認しておきましょう。
3つの仕組みの関係を整理する
医療DXの用語は似ていて混同しやすいので、薬局目線で「何の情報が流れるのか」で整理します。
| 仕組み | 流れる情報 | 現在地 | 薬局の立ち位置 |
|---|---|---|---|
| オンライン資格確認 | 保険資格・薬剤情報・特定健診情報 | 原則義務化済み。在宅向けは居宅同意取得型 | 確認する側(導入済みが前提) |
| 電子処方箋 | 処方情報・調剤情報 | 普及途上。対応薬局は増加中 | 発行を受けて調剤結果を登録する側 |
| 電子カルテ情報共有サービス | 傷病名・検査値等の6情報+3文書 | モデル事業中。2026年度冬頃の本格運用が目標 | 閲覧する側(恩恵が最も大きい) |
上の段ほど土台に近く、下の段ほど新しい仕組みです。資格確認→電子処方箋→カルテ共有の順に積み上がるため、土台が未整備のままカルテ共有だけ待っても使えません。
活用シナリオを具体的に描く
シナリオ1:退院直後の初回訪問
現状は、退院時サマリーが薬局に届くまでのタイムラグの間、入院中の処方変更を家族の記憶とお薬手帳で推測するしかありません。カルテ共有が使えれば、訪問前に退院時サマリーと最新の検査値を確認し、変更理由まで踏まえた初回訪問ができます。退院直後は服薬事故が最も起きやすい時期であり、ここが本サービスの価値が最大化する場面です。
シナリオ2:検査値にもとづく減薬提案
腎機能の低下が疑われる高齢患者への用量確認は、これまで「検査値を医師に問い合わせる」一手間が必要でした。検査値が閲覧できれば、トレーシングレポートに客観的な数値を引用した提案が書けます。「情報をもらう側」から「情報を統合して提案する側」へ——薬剤師の対人業務の質が変わる転換点になり得ます。
情報の取り扱いで気をつけること
- 閲覧は患者の同意が前提:目的外の閲覧は論外として、閲覧した事実と活用内容を薬歴に残す運用を最初から決めておく
- 「見られる」ことへの説明責任:患者・家族から「薬局がカルテを見られるの?」と聞かれたときに、見られる範囲(3文書6情報)と目的を正確に答えられるように
- 局内の情報リテラシー:検査値の読み方・個人情報の扱いを含め、閲覧権限を持つスタッフの教育が運用開始前の宿題になる
よくある質問(FAQ)
電子カルテ情報共有サービスはいつから始まりますか?
モデル事業が2025年から段階的に行われており、全国的な本格運用は2026年度冬頃が目標とされています。スケジュールは見直されてきた経緯があるため、最新情報は厚生労働省の公表資料でご確認ください。
薬局は何を見られるようになりますか?
傷病名・アレルギー・検査値など「6情報」と、診療情報提供書等の文書を、患者の同意のもとで閲覧できるようになる仕組みです。閲覧範囲や運用の詳細は今後の資料で順次具体化されます。
電子処方箋やオンライン資格確認と何が違うのですか?
オンライン資格確認は保険資格と薬剤・健診情報、電子処方箋は処方・調剤情報の仕組みです。電子カルテ情報共有サービスはその上に乗る「カルテ情報(傷病名・検査値等)」の共有基盤で、3つは積み重なる関係にあります。
最終更新日:2026年7月7日
本記事は厚生労働省の告示・通知や公的資料を確認のうえ作成しています。最新の算定要件・点数は各年度の改定内容と原典で必ずご確認ください。

