患者や家族からの暴言・威嚇・過剰な要求——いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)への対策が、改正労働施策総合推進法により2026年10月1日から事業主の法的義務になります。薬局も対象です。
特に在宅訪問は「相手の生活圏に単身で入る」働き方であり、外来以上にハラスメントリスクの管理が重要です。施行まで3ヶ月を切った今、薬局が整えるべきことを在宅の実務目線で整理します。
何が義務になるのか

厚生労働省の指針では、事業主が講ずべき措置が大きく4つの柱で示されています。薬局の規模にかかわらず対象です。
| 柱 | 求められること | 薬局での具体例 |
|---|---|---|
| 方針の明確化 | カスハラに組織として対応する方針を定め、周知する | 「当薬局はスタッフを守ります」の方針を明文化し、店頭・重要事項説明に反映 |
| 相談体制 | 被害を受けたスタッフが相談できる窓口・担当を整備 | 管理薬剤師や本部に相談ルートを一本化し、全員に周知 |
| 事後対応 | 事実確認・被害者ケア・再発防止を適切に行う | 記録様式を用意し、対応判断の基準(謝罪する/毅然と断る/契約解除)を事前に決める |
| あわせて必要な整備 | マニュアル・研修などの体制づくり | 在宅訪問の場面を想定したケース研修を年1回組み込む |
※指針の詳細な項目・文言は厚生労働省の告示・リーフレットで必ず原文を確認してください。
「正当なクレーム」と「カスハラ」を区別する
| 区分 | 例 | 対応 |
|---|---|---|
| 正当な指摘・要望 | 「説明が分かりにくかった」「約束の時間に遅れた」への苦情 | 真摯に受け止めて改善する。カスハラ扱いは禁物 |
| 過剰・不当な要求 | 土下座の要求、無償対応・時間外対応の強要、長時間の拘束 | 組織として線を引き、管理者が対応を引き取る |
| 暴言・威嚇・身体的攻撃 | 怒鳴る・物を投げる・SNSで晒すと脅す | 安全最優先で退避。記録を残し、警察・弁護士への相談も選択肢 |
在宅訪問ならではのリスクと備え
- 単身訪問の構造リスク:密室で第三者の目がない。リスクの高い訪問先は2名体制・時間帯調整・玄関先対応などのルールをあらかじめ決める
- 「家族からのハラスメント」がある:患者本人は穏やかでも、同居家族からの暴言・過剰要求が起きるのが在宅の特徴。契約時の重要事項説明に「ハラスメント時は契約を見直す」旨を入れておくと、組織として動きやすい
- 認知症の周辺症状との区別:疾患由来の言動はハラスメントとは分けて考え、ケア側の工夫(認知症患者の服薬管理)で対応する。判断に迷うケースは主治医・ケアマネと共有
- 撤退の基準を持つ:改善されない場合に訪問契約を終了する判断基準と手順(医師・ケアマネへの引き継ぎ含む)を決めておく。「断れる」ことがスタッフを守る
施行までの準備スケジュール(3ヶ月プラン)

- 〜7月末:現状把握:過去のヒヤリ事例を洗い出し、リスクの高い訪問先をリスト化する
- 8月:文書整備:基本方針・対応マニュアル・記録様式を作成。重要事項説明書にハラスメント条項を追加
- 9月:周知と研修:全スタッフへの説明会とケース演習。相談窓口を明示したカードを配布
- 10月〜:運用開始:発生時は必ず記録→月次で振り返り。スタッフのメンタルヘルスケアとセットで回す
よくある誤解を正す
| よくある誤解 | 実際 |
|---|---|
| 「義務化は大企業だけの話」 | 薬局の規模を問わず事業主が対象。個人薬局も措置を講じる義務がある |
| 「患者は“お客様”だから強く出られない」 | 正当な要求には誠実に、不当な言動には毅然と——を組織として区別するのが義務化の趣旨。従業員保護が優先される |
| 「マニュアルを作れば終わり」 | 方針・相談体制・事後対応・研修まで含めた運用が求められる。作って周知し、使える状態にして初めて対策になる |
| 「在宅は関係が近いからカスハラは起きない」 | むしろ密室・単身・家族同席という在宅特有の構造がリスクを高める。外来以上に体制整備が要る |
小規模薬局でも回る最小構成
- 方針1枚:「当薬局はスタッフを守る」方針をA4一枚に。店頭掲示と重要事項説明に反映
- 相談先の一本化:相談は管理薬剤師(または本部)へ、と決めて全員に周知するだけでも体制になる
- 記録様式の共通化:5W1H+逐語の1枚様式を用意し、全訪問スタッフが同じ形で残せるようにする
- 年1回のケース演習:在宅で起きうる場面を3つ想定し、退避と組織対応の流れを声に出して練習する
完璧な体制を最初から作る必要はありません。「一人で受けない仕組み」を最小構成で回し始めることが、施行日に間に合わせる現実的な進め方です。
現場対応フレーズ集——その場で使える言い回し
| 場面 | 避けたい対応 | 推奨される対応 |
|---|---|---|
| 威圧的な口調で無理な要求 | 黙って耐える/その場しのぎの安請け合い | 「その件は私の判断ではお答えできないため、管理者から改めてご連絡します」と組織対応に切り替える |
| 時間外・無償対応の強要 | 「今回だけなら…」と個人で受ける | 「対応できる範囲が決まっており、〇〇までなら可能です」と範囲を提示して線を引く |
| 大声・暴言が続く | 言い返す/その場に留まり続ける | 「この状態ではお話を続けられません。改めてご連絡します」と告げて退避する |
| 「SNSに書く」「訴える」と威嚇 | 慌てて謝罪や譲歩を重ねる | 事実確認を約束するに留め、記録を残して管理者・必要に応じ専門家へ相談 |
共通の型は「個人で受けない・その場で決めない・組織に引き取る」です。現場のスタッフに必要なのは反論の話術ではなく、「引き取ってもらえる」という確信です。
記録の残し方——事後対応の質は記録で決まる
- 5W1Hで即日記録:日時・場所・相手・言動・状況・同席者。記憶が新しいうちに書く
- 言動は要約せず逐語で:「ひどいことを言われた」ではなく発言そのものを残す。後の判断・相談の材料になる
- 事実と主観を分ける:起きたこと(事実)と感じたこと(主観)を分けて書くと、第三者が判断しやすい
- 継続案件は時系列台帳に:同一患者・家族の繰り返し事案は1枚の時系列にまとめ、契約見直し判断の根拠にする
義務化を「守りのコスト」で終わらせない
カスハラ対策は法令対応であると同時に、採用と定着の武器になります。薬剤師の転職理由には人間関係・職場環境が常に上位に入り、「スタッフを組織で守る方針が明文化されている薬局」は求職者への強いメッセージになります。在宅要員の採用が難しい今こそ、義務化対応を職場環境のアピールに転換する視点を持ちたいところです。
よくある質問(FAQ)
カスハラ対策の義務化はいつからですか?
改正労働施策総合推進法にもとづき、2026年10月1日から事業主にカスタマーハラスメント対策が義務づけられます。薬局も事業主として対象で、方針の明確化や相談体制の整備などが求められます(詳細は厚生労働省の指針をご確認ください)。
患者からの苦情はすべてカスハラになるのですか?
なりません。薬や対応への正当な指摘・要望はサービス改善の材料であり、カスハラは「社会通念上相当な範囲を超える言動」(暴言・威嚇・過剰な要求・執拗な連絡など)を指します。両者を区別する基準を局内で共有することが対策の第一歩です。
在宅訪問中にハラスメントを受けたらどうすればいいですか?
まず身の安全を優先してその場を離れて構いません。事業所に一報し、記録(日時・言動・状況)を残したうえで、管理者が対応方針を判断します。一人で抱え込まない・一人に抱え込ませない体制づくりが義務化の趣旨です。
最終更新日:2026年7月7日
本記事は厚生労働省の告示・通知や公的資料を確認のうえ作成しています。最新の算定要件・点数は各年度の改定内容と原典で必ずご確認ください。

