「薬剤師1人で1日何件まで訪問できますか?」——在宅を始める薬局から最も多く受ける質問ですが、万能な正解の数字は存在しません。個人在宅と施設在宅では1件の重さがまったく違い、エリアや記録体制でも上限は大きく変わるためです。本記事では、自局のキャパシティを設計するための考え方を、4つの変数・逆算の手順・時間割サンプルまで分解して解説します。
よその薬局の件数を真似ても、自局では回らない——在宅のキャパはそれくらい条件依存です。大切なのは他局の数字ではなく、「1件あたりの所要時間×稼働時間」から自局の上限を逆算することです。まずは1件の中身を分解します。
個人在宅と施設在宅で「1件」の重さが違う
1件あたりの所要時間の内訳を、編集部の目安として整理すると次のとおりです。薬局・エリアにより幅がある前提でご覧ください。
| 工程 | 個人在宅(1件あたり) | 施設在宅(1人あたり) |
|---|---|---|
| 移動 | 15〜30分程度が件ごとに発生 | ほぼゼロ(1か所でまとめて対応) |
| 指導・観察 | 20〜40分程度(生活環境・残薬確認を含む) | 5〜15分程度(施設スタッフに情報が集約) |
| 記録・報告書 | 15〜30分程度(個別性が高い) | 5〜15分程度(定型化しやすい) |
個人在宅は1件で1時間前後かかることも珍しくない一方、施設在宅は1か所で多人数をこなせます。「1日の件数」を語るときは、この2種類を分けて数えるのが設計の第一歩です。1日の実際の時間の流れは「在宅薬剤師の1日の流れ」でイメージできます。
キャパを決める4つの変数
- エリア密度:訪問先が半径数kmに固まっているか、点在しているか。移動時間の総量が最も大きく変わる変数です
- 施設比率:担当患者のうち施設入居者の割合。施設比率が高いほど件数は積み上がりやすくなります
- 記録効率:報告書・薬歴をテンプレートや音声入力で圧縮できているか。1件あたり数分の差が月間では大きな差になります
- 店舗兼務の有無:外来調剤と兼務なら、訪問に使える時間帯そのものが限られます。専任か兼務かで上限は別物です
4変数の実務:どう測り、どう改善するか
エリア密度——「受ける範囲」を先に線引きする
地図に現在の訪問先を落とし、移動が長くなっている訪問を可視化するところからです。改善は「ルートの並べ替え」と「受けるエリアの線引き」の2段構え。曜日ごとに回る方面を固定すると、同じ件数でも移動の総量が目に見えて減ります。ルート設計の具体策は「在宅訪問の時間管理術」で解説しています。
施設比率——件数の土台を先に作る
施設は1か所で多人数に対応でき、配薬・記録も定型化しやすいため、キャパの土台になります。個人宅の依頼が増える前に施設で「型」を固めておくと、同じ稼働時間で受けられる総数が変わります。
記録効率——「帰局後にまとめて書く」をやめる
キャパを圧迫する最大の隠れ要因が記録です。訪問直後に車内や施設の一角でテンプレートへ入力し切る運用に変えるだけで、夕方の残業が消え、その分を訪問枠に回せます。テンプレート・音声入力・事務委任の使い分けは「薬歴の事務作業を削減する5つの方法」が参考になります。
店舗兼務——「訪問専用の時間帯」を店舗シフトごと固定する
兼務体制でキャパが読めない薬局の多くは、外来の混み具合しだいで訪問時間が削られています。「この曜日のこの時間帯は訪問」と店舗の人員配置ごと固定し、外来側の応援ルールを先に決めておくのが実務的な解です。
訪問日の時間割サンプル(設計例)
上の所要時間の目安をもとに、訪問日の組み立てを2パターン例示します。件数そのものではなく、「枠の切り方」の参考としてご覧ください。
| 時間帯 | 兼務型(午後だけ訪問)の例 | 専任型(終日訪問)の例 |
|---|---|---|
| 午前 | 外来調剤+訪問準備(調剤・セット・持ち物確認) | 施設をまとめて訪問(移動が少ない順に回る) |
| 昼 | 移動+昼食 | 移動+昼食+午前分の記録を完結させる |
| 午後前半 | 同じ方面の個人宅を続けて訪問 | 個人宅を方面ごとに続けて訪問 |
| 午後後半 | 訪問の合間に記録を完結→帰局して外来へ合流 | 残りの訪問+臨時対応の予備枠 |
| 夕方 | 報告書の最終確認のみ(書き始めない) | 報告書送付・翌日のルート確認 |
共通するコツは、①移動が少ない順に施設→個人宅の順で組む、②記録は「その場で完結」を原則にする、③臨時対応の予備枠をあらかじめ空けておく、の3点です。
特に③は軽視されがちですが、在宅では臨時処方や急な体調変化への対応が必ず発生します。予備枠のない時間割は、1件の遅れで全体が崩れ、記録の持ち帰りと残業に直結します。時間割は「埋め切らない」ことが、結果的に件数を守ります。
逆算の手順:稼働時間から自局の上限を出す
- 訪問に使える時間を数える:週のうち訪問に確保できる時間帯を合計する(兼務なら外来を除いた実質時間)
- 自局の「1件あたり時間」を実測する:移動・指導・記録を直近の訪問で計測し、個人宅と施設を分けて平均を出す
- 割り算で上限を出す:訪問可能時間÷1件あたり時間が、現体制の理論上限。実際は臨時対応があるため、上限より余裕を残した水準を運用上の定員とする
- ボトルネックの変数を1つ選んで改善する:4変数のうち最も効く1つ(多くは記録かエリア)から着手し、再計測する
この逆算は一度やって終わりではありません。施設契約の追加や担当患者の状態変化で「1件あたり時間」は動くため、定期的に実測し直すことで、キャパの見積もりが現実からずれなくなります。増員やシステム投資の判断も、この実測値を根拠にすると説得力が生まれます。
無理な件数設定が招く2つの損失
キャパを超えた件数を詰め込むと、まず訪問の質が下がります。残薬確認や生活環境の観察が流れ作業になり、処方提案の材料を拾えなくなります。もうひとつ見落とされがちなのが算定漏れです。時間に追われると、麻薬管理や重複投薬への対応など本来算定できる加算の記録が抜け、居宅療養管理指導(518/379/342単位)以外の上乗せを取りこぼします。自局にどれだけ取りこぼしがあるかは「在宅算定 まるごと判定(無料)」で確認できます。
段階的な拡大ステップ
- ステップ1:週の訪問枠を固定する:まず「火・木の午後」など訪問専用の時間帯を決め、店舗体制とセットで確保します
- ステップ2:施設で件数と型をつくる:定型化しやすい施設在宅で、仕分け・訪問・記録の流れを固めます
- ステップ3:記録を効率化してから個人宅を増やす:記録時間を圧縮できた分だけ、個別性の高い個人在宅を受け入れます
- ステップ4:断る基準を決める:エリア外・キャパ超過時の受け入れ基準をあらかじめ文書化しておきます
キャパ設計は収益設計とセットで
「何件回れるか」が決まると「在宅でいくら稼げるか」も決まります。件数×単位数で収益の上限を試算し、投資(人員・システム)の判断につなげましょう。試算の考え方は「在宅薬局の収益シミュレーション」で解説しています。
よくある質問(FAQ)
薬剤師1人で1日何件くらい訪問できますか?
個人在宅と施設在宅で1件の重さが違うため、一律の正解はありません。移動・指導・記録の所要時間を自局の条件で実測し、稼働時間から逆算するのが確実です。
件数を増やす近道はありますか?
記録・報告書の効率化が最優先です。テンプレート化や音声入力で1件あたりの記録時間を圧縮できると、同じ稼働時間でも受け入れ可能な件数が増えます。
外来と兼務でも在宅は始められますか?
始められます。ただし「外来が空いたら訪問する」ではキャパが読めないため、訪問専用の時間帯を店舗シフトごと固定することが前提です。兼務型の時間割例も本文で紹介しています。
無理に件数を増やすとどうなりますか?
訪問の質の低下と算定漏れの2つの損失につながります。件数を追う前に、加算の取りこぼしがないかを先に点検するほうが収益改善の効率は高いことが多いです。
最終更新日:2026年7月2日
本記事は厚生労働省の告示・通知や公的資料を確認のうえ作成しています。最新の算定要件・点数は各年度の改定内容と原典で必ずご確認ください。

