2026年の夏は、これまでの「暑い夏」とは前提が変わりつつあります。気象庁は最高気温40度以上の日を「酷暑日」として新たに定義し、2026年は観測史上でも強い勢力のエルニーニョ現象により、赤道付近から日本にかけて異常気象の影響が広がると指摘されています。在宅医療の現場は、この気温上昇の影響を最も直接に受ける場所のひとつです。
訪問先は空調が効いているとは限らず、薬の保管環境も患者宅ごとにばらつきます。移動は炎天下で、車内温度は短時間で50度を超えます。この記事では、猛暑下の在宅訪問で薬剤師が押さえるべきことを、「薬の保管」「患者の体調と薬」「訪問の運用」の3つに整理します。結論から言えば、夏に事故を防ぐ鍵は、患者宅の保管場所を一度自分の目で確認しておくことと、脱水のサインを薬の観点から拾って多職種に早く渡すことの2点です。
高温で薬に何が起きるか|「室温」の意味を取り違えない

まず前提の確認です。医薬品の保管条件に出てくる温度表記は、日本薬局方で定義された用語であり、日常語の「室温」とは違います。ここを患者・家族に説明できるかどうかで、夏の管理の質が変わります。
| 表記 | 定義(日本薬局方) | 夏の在宅で起きやすいこと |
|---|---|---|
| 標準温度 | 20度 | 試験条件の基準。実務ではまず使わない |
| 常温 | 15〜25度 | エアコンを切った居室は容易に超える |
| 室温 | 1〜30度 | 「室温保存=どこでもよい」と誤解されやすい |
| 冷所 | 1〜15度 | 冷蔵庫の吹き出し口直下で凍結する事故がある |
注意したいのは「室温保存」の薬です。上限は30度であって、無条件ではありません。日中に空調を止める習慣のある高齢者宅では、居室が30度を超える時間帯が長く続きます。患者・家族には「室温保存と書いてあっても、30度を超える場所には置かない」と具体的な数字で伝えたほうが伝わります。
剤形によって影響の出方も違います。坐剤や軟膏・クリームは形状が変わりやすく、貼付剤は粘着層がにじむことがあります。OD錠や吸湿性の高い製剤は、高温多湿の環境で品質が落ちやすくなります。外見が変わっていたら、そのまま使わせず薬局へ持ち帰って交換を検討します。
患者宅で見るべき保管場所チェック
訪問時に確認したいのは、薬が「どこに置かれているか」です。服薬状況の確認と同じ流れで、置き場所も一度は自分の目で見ておきます。夏に問題が起きやすいのは次のような場所です。
- 窓際・出窓:直射日光が当たり、局所的に温度が上がる
- テレビ・冷蔵庫の上:排熱で常に温かい
- 仏壇まわり・玄関:手に取りやすい反面、空調が届かない
- 車の中・デイサービス用のバッグ:外出時に持ち出したまま置き忘れられる
- 冷蔵庫の奥・吹き出し口の前:冷所保存薬が凍結するおそれがある
置き場所を変えてもらうときは、「涼しいところに」ではなく「この引き出しに移しましょう」と場所を具体的に指定します。服薬カレンダーを使っている場合は、掛ける位置そのものが直射日光を受けていないかも見ておきます。カレンダーやグッズの選び方は服薬カレンダー・服薬支援グッズの選び方で整理しています。
冷所保存の薬を扱う患者宅では、停電時の対応も一度確認しておきます。近年は夏の落雷や台風による停電が珍しくありません。冷蔵庫が止まったときに誰へ連絡するかを、家族・訪問看護と共有しておくと動きが早くなります。
脱水と薬|薬剤師だからこそ拾えるサイン
高齢者は口渇を感じにくく、トイレの回数を気にして水分を控えがちです。そこに服用中の薬が重なると、脱水や熱中症のリスクが上がります。個別の用量調整は医師の判断ですが、「注意して見るべき人」を薬から見つけることは薬剤師の役割です。
| 薬効群 | 夏に注意したい理由 | 訪問時に見る点 |
|---|---|---|
| 利尿薬 | 体液量が減りやすい | 体重の急な減少、立ちくらみ |
| 降圧薬 | 発汗による血圧低下と重なりやすい | ふらつき、朝の血圧の下がりすぎ |
| SGLT2阻害薬 | 尿量が増えやすい | 水分摂取量、倦怠感 |
| 抗コリン作用のある薬 | 発汗が抑えられることがある | 皮膚の乾き、体温のこもり |
| リチウム・一部の薬 | 体液量の変化で血中濃度が動きやすい | 直近の採血予定、ふるえ・眠気 |
この表は「中止を提案するための表」ではありません。訪問時にどこを見るかの視点を揃えるためのものです。気になる所見があれば、経過とあわせて医師へ情報提供します。伝え方に迷う場合は処方提案の成功パターンと文例集が参考になります。
水分摂取の声かけも、具体的な量と回数で伝えると実行されやすくなります。「こまめに」ではなく「起きたらコップ1杯、訪問看護が来る前にもう1杯」といった生活の区切りに紐づける形が有効です。飲水制限がある患者では、必ず主治医の指示を確認してから伝えます。
訪問する側の管理|車内とバッグ

夏場に最も温度が上がるのは、患者宅ではなく移動中の車内です。炎天下に駐車した車内は短時間で高温になり、後部座席に置いた薬は保管条件を大きく外れます。次の3点を運用として決めておくと事故が減ります。
- 薬は車内に置いたままにしない:訪問のたびに持ち出す運用に統一する
- 保冷バッグと保冷剤を常備する:冷所保存薬がある日は必ず使う
- 訪問ルートを暑さ前提で組む:長時間の車内滞在が生まれない順序にする
訪問バッグの中身も季節で見直します。保冷剤、体温計、経口補水液の情報提供資材などは夏に出番が増えます。基本の持ち物は在宅薬剤師の訪問バッグ完全ガイドに、毎回のチェック項目は在宅訪問の持ち物チェックリストにまとめています。ルート設計を見直す場合は在宅訪問の時間管理術もあわせてご覧ください。
薬剤師自身の熱中症対策も業務の一部です。訪問件数の多い日ほど水分補給が後回しになります。移動時間に必ず飲む、という個人のルールを決めておくだけでも違います。
夏に備える薬局の運用チェック
個人の心がけに任せず、薬局の運用として決めておくと再現性が出ます。梅雨明けの時期に一度、次の項目を確認しておくことをおすすめします。
| 項目 | 決めておくこと |
|---|---|
| 配送・持ち出し | 保冷バッグの数、保冷剤の交換タイミング |
| 患者宅の保管 | 夏に一度、全訪問患者の保管場所を確認する期間を設ける |
| 説明資材 | 保管温度と水分摂取の説明資料を統一する |
| 停電対応 | 冷所保存薬のある患者の連絡ルートを共有する |
| 情報共有 | 脱水が疑われたときに誰へ連絡するかを事前に決める |
訪問看護やケアマネジャーと同じ観点を共有できていると、気づきが早く回ります。連携の実務は訪問看護ステーションとの連携を参考にしてください。
まとめ
猛暑は、在宅医療にとって「季節の話題」ではなく品質管理と安全管理の問題です。室温保存の上限は30度であること、患者宅の置き場所は自分の目で確認すること、脱水のリスクは薬から拾えること。この3つを夏の前に共有しておくだけで、現場の判断が揃います。気温の上昇は今後も続く見通しであり、夏の運用を毎年その場しのぎで回すのではなく、薬局の標準的な手順として持っておく価値があります。暑さは患者にとっても薬剤師にとっても等しく負荷です。無理のないルートと十分な水分補給を前提に、安全に夏を越えられる体制を整えていきましょう。
よくある質問(FAQ)
「室温保存」の薬は、エアコンのない部屋に置いても大丈夫ですか?
室温は日本薬局方で1〜30度と定義されています。夏に空調を止める部屋は30度を超えることがあるため、直射日光と熱源を避けた涼しい場所を具体的に指定して伝えてください。
車で運ぶときに気をつけることは何ですか?
炎天下の車内は短時間で高温になります。薬を車内に置いたままにしない運用に統一し、冷所保存薬がある日は保冷バッグと保冷剤を必ず使ってください。
高温で見た目が変わってしまった薬はどうしますか?
坐剤の変形や貼付剤のにじみなど外観の変化があれば、そのまま使用せず薬局へ持ち帰り、交換の要否を検討します。患者・家族には自己判断で使わないよう伝えます。
脱水が疑われるとき、薬剤師は何をすればよいですか?
体重の変化、ふらつき、水分摂取量などの所見を記録し、服用中の薬とあわせて医師へ情報提供します。用量の変更は医師の判断であり、薬剤師の役割は早く気づいて正確に伝えることです。
最終更新日:2026年7月29日
本記事は厚生労働省の告示・通知や公的資料、報道発表を確認のうえ作成しています。制度の取り扱いは変更されることがあるため、最新の内容は原典で必ずご確認ください。

