「大手の決算なんて自分に関係ない」——そう思っている薬局経営者や勤務薬剤師は少なくありません。しかし、大手企業のIR(投資家向け情報)には、業界全体の方向性を読み解くヒントが詰まっています。
大手がどこに投資し、何を伸ばそうとしているのかを知ることは、中小薬局の経営判断にも直結します。本記事では、調剤薬局チェーン3社+ドラッグストア大手4社、合計7社の最新決算データを徹底分析し、業界の未来図を描きます。
分析対象の7社
まず、今回分析する7社の位置づけを整理します。
調剤薬局チェーン3社
| 企業名 | 証券コード | 特徴 |
|---|---|---|
| アインホールディングス | 9627 | 調剤薬局チェーン最大手。全国1,290店舗 |
| 日本調剤 | 3341 | 業界2位。在宅医療を全店舗の94.9%で実施 |
| クオールホールディングス | 3034 | 業界3位。BPO事業も展開する多角化路線 |
ドラッグストア大手4社
| 企業名 | 証券コード | 特徴 |
|---|---|---|
| ウエルシアHD | 3141 | DgS業界トップ。調剤併設率78% |
| ツルハHD | 3391 | 売上1兆円達成。ウエルシアとの統合を控える |
| スギHD | 7649 | 調剤併設率82.6%。I&H株式会社を子会社化 |
| マツキヨココカラ&Co | 3088 | インバウンド需要に強み。調剤薬局1,002店舗 |
決算データの横断比較
売上高ランキング

7社の直近決算における売上高を比較します。ドラッグストアは物販を含む総売上のため金額が大きいですが、調剤に限定した比較も後述します。
| 順位 | 企業名 | 決算期 | 売上高 | 前年比 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ウエルシアHD | 2025年2月期 | 1兆2,950億円 | +6.4% |
| 2 | マツキヨココカラ | 2024年3月期 | 1兆225億円 | +7.5% |
| 3 | ツルハHD | 2024年5月期 | 1兆27億円 | +5.9% |
| 4 | スギHD | 2024年2月期 | 7,444億円 | +11.5% |
| 5 | アインHD | 2025年4月期 | 4,568億円 | +14.3% |
| 6 | 日本調剤 | 2025年3月期 | 3,605億円 | +5.9% |
| 7 | クオールHD | 2025年3月期 | 2,639億円 | +46.6% |
注目ポイント: クオールHDの売上高が前年比+46.6%と突出しています。これはM&Aによる事業拡大が主因で、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業の拡大も寄与しています。調剤薬局事業単体で見ると、成長率は一桁台です。
※BPO: 企業が自社の業務プロセスの「一部」または「すべて」を、外部の専門企業に継続的に委託するサービスのこと
営業利益率の比較
「売上が大きい=儲かっている」とは限りません。営業利益率で比較すると、各社の収益構造の違いが鮮明になります。
| 企業名 | 営業利益 | 営業利益率 | 前年比 |
|---|---|---|---|
| マツキヨココカラ | 757億円 | 7.4% | +21.6% |
| ツルハHD | 492億円 | 4.9% | +8.0% |
| ウエルシアHD | 340億円 | 2.6% | ▲21.4% |
| スギHD | 366億円 | 4.9% | +15.7% |
| アインHD | 168億円 | 3.7% | ▲17.4% |
| クオールHD | 134億円 | 5.1% | +61.7% |
| 日本調剤 | 62億円 | 1.7% | ▲31.8% |
重要な発見:
- マツキヨココカラが営業利益率7.4%で圧倒的トップ。 インバウンド需要と高粗利のPB商品が寄与。
- 日本調剤は利益率1.7%と最も低い。 医薬品製造販売事業における製造管理上の不備や一部店舗の減損損失が影響。
- ウエルシアHDは減益。 ツルハHDとの経営統合(2025年12月予定)を控え、統合コストが先行。
調剤売上の比較
物販を含まない「調剤売上」で比較すると、業界の真の実力が見えてきます。
調剤売上高ランキング
| 順位 | 企業名 | 調剤売上高 | 全売上に占める割合 | 前年比 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | アインHD | 約3,900億円 | 85% | +14% |
| 2 | 日本調剤 | 約3,100億円 | 86% | +6% |
| 3 | ウエルシアHD | 2,568億円 | 20% | +12.6% |
| 4 | クオールHD | 約1,600億円 | 61% | +5% |
| 5 | マツキヨココカラ | 1,625億円 | 16% | +1.7% |
| 6 | スギHD | 約1,700億円 | 23% | +10.7% |
| 7 | ツルハHD | 約1,350億円 | 13.5% | — |
読み解きポイント:
- 調剤専業のアインHD・日本調剤が調剤売上ではトップ2。 売上の85%以上が調剤からの収入。
- ウエルシアHDの調剤売上2,568億円は、ドラッグストアの中では圧倒的。 調剤併設率78%の成果。
- ドラッグストアの調剤成長率は高い。 ウエルシア+12.6%、スギ+10.7%と、調剤専業チェーンの成長率を上回る。
店舗数の比較
店舗数と増減
| 企業名 | 店舗数 | 前年比 | 調剤併設率 |
|---|---|---|---|
| ウエルシアHD | 2,282(併設) | +127店 | 78.0% |
| スギHD | 1,718(全体) | +124店 | 82.6% |
| アインHD | 1,290(薬局) | +59店 | — |
| マツキヨココカラ | 1,002(調剤) | +31店 | — |
| ツルハHD | 997(調剤) | 急増中 | 約50% |
| クオールHD | 948(薬局) | +28店 | — |
| 日本調剤 | 753(薬局) | +17店 | — |
ここから見えること:
- ドラッグストアの調剤併設が猛スピードで進行。 スギHDの82.6%は特に高い。
- 調剤専業チェーンの出店ペースは鈍化。 日本調剤は年間17店舗の純増にとどまる。
- ツルハHDの調剤薬局数が997店舗に達し、1,000店舗目前。 ウエルシアとの統合後は調剤だけで3,000店舗超のメガチェーンが誕生。
注目の経営戦略
各社のIR資料から読み取れる重要な経営戦略を分析します。
1. ウエルシア×ツルハの超大型統合

両社の経営統合は、業界に激震を与えました。
| 項目 | ウエルシアHD | ツルハHD | 統合後 |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 1兆2,950億円 | 1兆27億円 | 約2兆3,000億円 |
| 店舗数(全体) | 約2,900店 | 約2,600店 | 約5,500店 |
| 調剤併設店舗 | 2,282店 | 997店 | 約3,280店 |
| 営業利益 | 340億円 | 492億円 | 約830億円 |
影響予測:
| 影響を受けるプレーヤー | 想定される影響 |
|---|---|
| 中小調剤薬局 | 仕入れ価格の競争力で不利に。処方箋の流出リスク |
| 他のDgSチェーン | 対抗統合の動き(マツキヨ+コスモスなどの憶測) |
| 医薬品卸 | 価格交渉力の集中。値引き圧力の増大 |
| 在宅薬局 | 短期的影響は限定的。統合後の在宅参入が脅威 |
2. 日本調剤の在宅医療シフト
日本調剤はIR資料で在宅医療を成長戦略の柱と明確に位置づけています。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 在宅医療実施店舗率 | 全店舗の94.9% |
| 在宅医療専門部署 | 2011年度に設置 |
| 施設在宅の開始 | 2009年 |
| 個人在宅の開始 | 2010年 |
中小薬局への示唆: 大手が在宅を本格強化する前に、地域での在宅ネットワークを構築することが重要です。先行者優位が効く領域です。
3. スギHDのI&H子会社化
2024年9月、スギHDは阪神調剤薬局を運営するI&H株式会社を子会社化しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| I&Hの店舗数 | 約700店舗 |
| 統合後のスギHD調剤薬局 | 約2,400店舗(推計) |
| 狙い | 調剤売上基盤の一気拡大 |
| 影響 | 調剤薬局チェーンの序列変動 |
重要ポイント: スギHDは「ドラッグストア+調剤チェーン」の垂直統合モデルを志向しています。I&Hの子会社化により、調剤併設率だけでなく調剤専業店舗も手に入れ、在宅を含む調剤領域でのプレゼンスを大幅に強化しました。
4. マツキヨココカラのインバウンド+高利益率モデル
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 営業利益率 | 7.4%(業界最高水準) |
| 調剤売上粗利率 | 39.5% |
| 調剤薬局数 | 1,002店舗(初の1,000店舗超え) |
| PB商品比率 | 業界最高水準 |
特徴的な点: マツキヨココカラは「物販で稼ぎ、調剤で集客する」モデルの完成度が最も高い企業です。調剤の粗利率39.5%は業界トップクラスで、ジェネリック推進と効率的な薬局運営が背景にあります。
5. クオールHDの多角化戦略
| 事業セグメント | 内容 |
|---|---|
| 調剤薬局事業 | 948店舗を展開 |
| BPO事業 | 医薬品関連のアウトソーシング |
| 在宅・施設調剤 | 全店舗での実施を目標 |
| 医療モール | クリニックと薬局の複合施設を開発 |
特徴的な点: クオールHDのBPO事業が急成長し、売上高+46.6%の主因となっています。調剤薬局事業だけに依存しない多角化戦略は、中小薬局にも示唆に富みます。
各社の在宅医療への取り組み
在宅医療は全社が成長戦略に位置づけていますが、取り組みの深さには差があります。
| 企業名 | 在宅実施率 | 在宅の位置づけ | 特徴的な取り組み |
|---|---|---|---|
| 日本調剤 | 94.9% | 成長の柱 | 専門部署設置、全店舗体制 |
| クオールHD | 目標100% | 第二の柱 | 在宅基幹店舗の拡大 |
| アインHD | — | かかりつけ機能の一環 | 地域連携の推進 |
| スギHD | — | 成長領域 | 在宅専門店舗の開局、日本ホスピスHDとの連携 |
| ウエルシアHD | — | これから本格化 | 統合後に在宅機能を強化予定 |
| ツルハHD | — | これから本格化 | 調剤併設率50%からの拡大段階 |
| マツキヨココカラ | — | 限定的 | 物販中心のビジネスモデル |
中小薬局が読み取るべきメッセージ:
- 日本調剤の94.9%実施率は脅威。 大手が在宅を「当たり前」にすると、在宅をやっていない薬局は選ばれなくなる。
- DgS大手の在宅はまだ弱い。 ここが中小薬局の差別化チャンス。ただし、ウエルシア×ツルハ統合後は状況が変わる可能性。
- スギHDの日本ホスピスHDとの連携は注目。 終末期在宅のドラッグストア参入の先例になる可能性。
決算データから見える5つの業界トレンド
7社のIR分析から、以下の5つのトレンドが浮き彫りになりました。
トレンド1:DgSの調剤侵食が加速
| 指標 | 2020年頃 | 2024年 | 予測(2027年) |
|---|---|---|---|
| DgS調剤併設率(上位4社平均) | 約50% | 約65% | 約80% |
| DgS調剤売上(上位4社合計) | 約5,000億円 | 約7,200億円 | 約1兆円 |
| 調剤専業チェーンのシェア | 約35% | 約30% | 約25% |
トレンド2:利益率の二極化
| グループ | 営業利益率 | 要因 |
|---|---|---|
| 高利益率(5%以上) | マツキヨ7.4%、クオール5.1% | PB商品・多角化・効率化 |
| 中利益率(3〜5%) | ツルハ4.9%、スギ4.9%、アイン3.7% | 規模の経済、出店投資の回収段階 |
| 低利益率(3%未満) | ウエルシア2.6%、日本調剤1.7% | 統合コスト・減損損失 |
トレンド3:M&Aの大型化
| 年 | 案件 | 規模 |
|---|---|---|
| 2024年 | スギHD→I&H子会社化 | 約700店舗獲得 |
| 2025年予定 | ウエルシア×ツルハ統合 | 約5,500店舗の巨大チェーン |
| 今後の可能性 | マツキヨの動向 | 対抗統合の可能性 |
トレンド4:在宅医療が「差別化」から「標準装備」へ
- 日本調剤:94.9%実施
- クオールHD:100%を目標
- スギHD:在宅専門店舗の開局
意味するところ: 在宅対応は「やっているからすごい」ではなく「やっていないと選ばれない」時代へ移行しつつあります。
トレンド5:薬価改定が利益を直撃
全7社に共通するリスクファクターとして、2年に1回の薬価改定による薬価差益の縮小が挙げられます。特に日本調剤のように調剤売上比率が86%を超える企業では、改定の影響がダイレクトに利益を直撃します。
中小薬局の経営者が取るべきアクション

大手7社のIR分析から、中小薬局が今すぐ取るべきアクションを整理します。
短期(今すぐ)
| アクション | 理由 |
|---|---|
| 在宅患者を10名以上に | 大手が在宅を標準化する前に地域での存在感を確立 |
| かかりつけ薬剤師の算定率を上げる | 対人業務の収益基盤を固める |
| 後発品比率80%以上を維持 | 薬価差益の最低限の確保 |
中期(1〜2年)
| アクション | 理由 |
|---|---|
| 地域連携薬局の認定取得 | DgSには取れない差別化要素 |
| 専門性の確立(がん・緩和・小児等) | 大手の標準サービスでは代替できない価値 |
| 多職種との連携強化 | ケアマネ・訪問看護との関係が参入障壁になる |
長期(3年以上)
| アクション | 理由 |
|---|---|
| 事業承継・M&Aの選択肢を検討 | 後継者不在なら売却も戦略の一つ |
| 複数収益源の確立 | 調剤一本足は危険。在宅・OTC・健康相談等 |
| デジタル化の推進 | 電子処方箋、オンライン服薬指導への対応 |
まとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 売上トップ | ウエルシアHD 1兆2,950億円 |
| 利益率トップ | マツキヨココカラ 7.4% |
| 調剤売上トップ | アインHD 約3,900億円 |
| 最大の変化 | ウエルシア×ツルハ統合(2025年12月) |
| 在宅の先頭走者 | 日本調剤(実施率94.9%) |
| 中小薬局の生存戦略 | 在宅+地域連携+専門特化 |
大手のIRを読むことは、他人事ではありません。これらのデータから「自分の薬局はどう戦うか」を考えることが、今の時代の薬局経営者に求められるリテラシーです。
この記事は各社の有価証券報告書、決算短信、IR説明資料など公開情報に基づいて作成しています。数値は各社の決算期が異なるため、単純比較には注意が必要です。最新情報は各社のIRページをご確認ください。

